2011年01月15日

初めに行動ありき

同年4月から始めた農協の無添加食品の共同購入もこれらの運動の延長線上にあります。


私は5年前に、やっと地元の農協で仕事ができるようになりました。


茨城で一番小さな町、しかも、これといった特徴もなく、このままでは農協の存在理由もなくなる、というのが5年前のこと。


今でもそのことは変わりませんが、これまで行なってきた活動を通して、農村で、農協で自分の身の置くことのできる場が見つかったという気がしています。


これらの動きは流動的であり、今後どうなるかはわかりません。


しかし、有機農業運動や農産物自給運動が市民権を得つつあるとすれば、われわれの動きもまた楽しからずや、と思えるのです。


初めに理論ありき、ではなく、初めに行動ありき。


その中からこそ明日が見えてくるのだと強く思います。












農業研究家 久保雅文

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2011年01月14日

青空市の効果

「今まで、何十年も百姓やってきたけど、ナスやキュウリ、カボチャの作り方の基本も知らなかった」


・・・という声に代表されるように、この教室では、今どんなものを作って、どんな手入れをすればいいのかが学べます。


半日の時間をつぶしても、何倍ものメリットがあるから、出席率がいいわけです。


主婦農業講座から始まった仕事のひとつに青空市があります。


毎週土曜日、めいめいが農協に野菜などを持ち込み、ノートに記入し、自分で並べていきます。


無人が原則で、100円単位となっています。


85年12月からは、白鳥の飛来地古徳沼のほとりで"白鳥市"を開設。


白鳥見学に東京からはとバスも運行されており、その見学客にカアちゃんの手づくりの野菜やつけものなどを買っていってもらおう、と始めたものです。


この白鳥市は目下のところ、売るものが途中でなくなってしまう位のにぎわいを見せています。


85年10月からは、婦人農業大学の受講生が学校給食ヘニンジンの供給を始めました。













農業研究家 久保雅文

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2011年01月13日

継続は力なり

町では1980年、農協、役場、農業改良普及所が一体となって「主婦農業講座」を開設しました。


この講座は、農家の若妻を対象に、作物のイロハを勉強してもらおうというものでしたが、最初は10人も集まればいいほうだという程度でした。


しかし、この講座は毎年開かれていったのです。


そのうち、受講生の中から、いい種子を買いたいという声が出てきたので、農協婦人部や生活改善グループの会員を対象に、春秋の野菜種子の共同購入が始められました。


84年秋には家庭菜園コンクールが開かれるようになり、みそづくり、つけもの、梅干づくりなどの共同作業も始まっていきました。


この講座は1985年、婦人農業大学となり、受講生も50人を突破しました。


出席率は8割以上です。











農業研究家 久保雅文

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2011年01月12日

健康の基本はたべものから

食べ物のみでなく、生き方までも他人の手にゆだねている今の日本人すべてにもっと自主・自立の心を・・・。


それは自給の心をもってもらうことであり、狂っている世の中を当り前の世の中にとりもどす運動です。


食のみならず、すべてのことに当り前のことを当り前として言える、実行できる、そんな世の中を早くとりもどせたならと、秘かに、しかしつよく想うのです。


茨城県における農産物自給運動が始まったのはそんなに古いことではありません。


県農協中央会が自給運動の"元祖"である秋田県農協組合長の講演会を開いたのが1982年のこと。


中央会、県農婦協などが50万円自給を打ち出した「農畜産物の自家・地域内自給運動の展開について」という要領をまとめたのが同じ年の11月です。


茨城では1972年に"組合員の健康管理活動"が始まり、現在では年に約2万人が健康診断を受けています。


"自分のからだは自分で守る"をキャッチフレーズにしたこの活動も、10年もたつとマンネリ化するものです。


また健康診断だけでは不十分であり、健康の基本となるのはたべもの、という考えに立って茨城の農産物自給運動は始められました。











農業研究家 久保雅文

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2011年01月11日

人間すべての運動

化学や機械や文化というものを否定するのではありません。


ただ、それを最高と思い信じ、その心を蔓延らせることにより、人間が高慢になり、謙虚さを失うのです。


そのときすでに人間は文化の奴隷になっているのではないでしょうか。


土を離れた文化はありません。


そして人間も土から離れて生きることはできないのです。


土の上にくらし、土に帰るくらし、そのくらしそのものが文化です。


自給運動は、決して改めて物を作り出す新しい運動ではありません。


不自然で非常識な今のくらしに気づいてもらい、目を覚ましてもらう、目覚し運動でもあるのです。


そして、真実を知り真実を求める運動でもあるのです。


・・・それは生産者のみの運動ではなく、消費者も一体となった人間すべての運動でもあるのです。












農業研究家 久保雅文

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2011年01月10日

農家のくらし

地元のものより新鮮そうな外国の果物や県外の野菜、土のないところに出来るトマトやメロン、牛乳はジュースの如く工場生産されます。


金さえあればいつでもどこでも欲しいものが手に入るくらし・・・。


耐えることも、待つことも必要のない世の中で感謝の心も、感激するすべも、当り前の人間の心さえも失なってしまった人間たち、そして子供たち、その子供たちの行動を非行と呼び、口を拭っている大人たち・・・。


足元を見つめてみましょう。


春になったらタンポポが咲き、イチゴの花に蜂が飛び、夏になったらスイカ、キュウリにトマトにかじりつく。


秋になったら稲を刈り大根を千す。


冬になったら保存食で冬ごもり・・・。


こんな最も単純で当り前のこのくらしを家中で待つのです。


暑さに寒さに耐え、ひもじさに耐えてしゅんの味を待つ。


待ち望むものが手に入った感謝と感激の心を、よせ合います。


農家のくらし、このくらしをとりもどすことができたらと想いは高まるのです。










農業研究家 久保雅文

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2011年01月09日

当り前をとり戻す運動

農家を「土」にかえす運動・・・。


これこそがこれからの活動を見直していく唯一のものであるような気がします。


農家であるのに自給を、しかも農協が自給運動と銘打って一大革命の如くよびかけをしなくてはなりません。


考えてみるとなんて恥ずかしいことではないでしょうか。


こんな恥ずかしいことは私たちの町だけのことではなかったとは・・・。


「世の中狂っている…」


自給運動を展開し、改めて驚いたことは、当り前のことが当り前で通らなくなっていたことです。


そして当り前でないことが当り前としてまかり通っていたことを・・・。


しかもこの現象は、農家が"人並みのくらし"として目指してきた豊かで文化的なくらしの中身であったのです。


もうかる近代化農業とは春のものを冬に作り秋に作り、夏のものを一年中作り、化学と機械にすべてをゆだね、作る本人も食べない食べ物を作ることでした。










農業研究家 久保雅文

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2011年01月08日

農家の本当の良さとは

その活動は実に濃密的であり、実に多方面にわたって問題提起がなされました。


解決のためにいろいろな分野で連携プレーがはかられることになりましたが、この事業がある程度の成果が得られたのは、このチームプレーのすばらしさではなかったかと自負しています。


さらには、婦人のグループ化も進み野菜の生産を共同作業によって学習し、その余剰野菜を青空市場で販売したり、近くの団地へ一輪車につんで売りにいく姿さえ見られるようになりました。


ある集落では生産組合が作られ、自分の子供あるいは孫たちが毎日食べている学校給食への供給もはじまりました。


これまで販売する野菜は農薬づけで、見せかけのものが出まわり、多くの指摘を受けています。


しかし、流通期間を短くすることによって農薬の回数も減らすことができるし、鮮度も比べものにならないでしょう。


「おらの作った野菜は新鮮でうまいぞ」


・・・と自信をもって答える笑顔に、これまでの活動が無駄ではなかったと安堵の胸をなでおろす今日このごろです。


かつて「自給」という言葉はとても空しい響きの言葉でした。


しかし、これからはその自給こそが農家の本当の良さを認識し、心豊かなくらしをおくるためのものです。









農業研究家 久保雅文

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2011年01月07日

協議会が核となる

農産物の生産、加工、貯蔵等の共同化や地城内流通をとおして住民の連帯感を醸成し、豊かな住みよいむらづくりに役立てようとするものでした。


しかし、食生活の面からみても、加工、既製食品の購入が増加し、飲食物の自給率の低下をまねき農村らしい食形態が失われ、新たな健康上の問題等が生じてきているという中で・・・


どのように自給運動の理念を説得し、どう運動を展開していくか頭の痛い事業導入だったのです。


事業実施に際しては、県段階ではプロジェクトチームか結成されました。


半ば張りつけの状態で農業改良普及所が指導にあたってくれました。


また、企画段階では各関係機関がメンバーとなった食生活向上対策推進協議会が発足しました。


この協議会が核となり知恵が出され検討がくり返されたのです。








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2011年01月06日

チームプレーによる成果

ある地域の農業は、稲作が主体で野菜や畜産は一定の地域に限られ、地域全体としていえば稲単作型に近い農業地帯となっています。


また、農業生産基盤は都市近郊化の進展とともに年々減少し、約1902の耕地を対象に、1569戸の農家によって営農が行われています。


農業基盤の零細な農家が多いことや、他産業の就労機会の増大、都市近郊等の要因により、兼業依存度が年々高まってきています。


・・・中でも、農業だけに従事する世帯員をみると、男女とも急減しています。


特に女子の減少が著しいのです。


このことは農家経済の厳しさから、農業以外の職場に恒常的に就労を求めた女子の増加と、兼業機会の増加によるものでしょう。


このような情況下で昭和56年、国の指定をうけた「地域内食生活向上対策事業」がスタートしました。


そのねらいは、農家が自ら地域の特色を生かした自給農産物の活用による豊かな食生活を築くこと。


そして、地域の中核的担い手農家を中心とした特産物の定着とその生産拡大の充実と地域農業の振興を図るというものです。







農業研究家 久保雅文

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2011年01月05日

お母さんの声は・・・

生活設計に取り組んでいるお母さんは、


「農協で子供につけさせている自給野菜を通して、野菜を主にした献立の工夫をするようになりました。


毎月の自給野菜を金額換算し、3万円という値がでた時、私達農家がいかに自家生産物の価値を意識していないかを知りました。


今年は自給野菜の作付と種類を増やして生活設計をより徹底していきたいと思います」


・・・以上みなさんの声でした。


この壁張り式カレンダーは、このように子供の偏食がなくなった事など予想もしなかった効果がでたのです。


この自給運動が換金作物に変り地域自給、地場消費の場としての無人販売所の開設となりました。


消費者からは安心して買える野菜の店として繁盛しています。


・・・以上、当農協の事例を紹介いたしましたとおり、自給運動は一朝一夕のことでなく、息の長い積、重ねが必要です。


それは食べものの自給だけでなく子供の教育に、家族の和、そして農家の生産、生活に関わるさまざまな面に発展し展開するのです。







農業研究家 久保雅文

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2011年01月04日

「僕の家の自給野菜表」

毎日食べた食事の中で自分の家で穫れた野菜の種類と量を記帳し、


「お金に換算する事により自分の家の菜園がどれほど貴重なものか、理解出来るようになるのではないか」


・・・との意図をもってすすめたのです。


「ぼくんちの自給野菜表」は壁張り式の一枚1か月のカレンダーで手づくりです。


子供は野菜の観察も兼ねて興味をそそるべくぬり絵としたのです。


一日の消費量を記入して一か月ごとに金額換算(スーパーの価格)する方法。


記帳が始まり1、2か月で効果がでたのです。


記帳をとおして農協と子供のつながり、また若いお母さんたちとのつながりができて、ふれあいが多くなり農協の理解度が深まったのだそうです。


記帳から6か月後の59年1月の冬休みを利用して記帳者の集いを兼ねて母と子の集いを開きました。


その席で記帳者の体験感想文のコンクールも併催したそうです。




農業研究家 久保雅文


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2011年01月03日

僕らも自給野菜大賛成

昭和58年の5月、農協は小学生のいる組合員とその子供宛に自給運動の大切さと、その目的を、そして自給野菜表の記入協力等を記した依頼文書を発送したのです。


子供たちは、農協からの文書にとまどいと、驚きがあったと聞いていますが興味もあり、全員30名が快く承諾してくれました。


その記入表の名称は「ぼくんちの自給野菜は」。


その記帳は6月より始まったのです。


記帳を子供に担わせた理由は、子供たちは自分の生活基盤の農業をあまりにも知らなすぎること、農家の子供でありながら畑へほとんど行くことがないといいます。


そして子供に仕事を与えていないというのです。


昔の農家の子供たちは、親と一緒に働き、体で仕事の要領をおぼえたものですが、今は都会の子供とかわらないのです。


記帳を担う事により少しでも農業に関心をもつのではないか・・・ということからこれは始まりました。







農業研究家 久保雅文

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2011年01月02日

個々の農家の自給・自立を目指して

茨城県農協中央会の生活活動重点施策では


「恵まれた自然を活かし、生きがい・人間らしさを取り戻す、こころ豊かな自給運動の展開」


・・・として、自給運動を施策の第一項目に取上げ、


「自給問題は、従来、農業経営の専作化潮流のなかで、もっとも非難され、時代の悪習として迫害された領域である。


組合員農家自身もそう思い、農業近代化のなかで自給は急速に落ちこみ、顧みられない時代もあった。


しかし、インスタント食品の氾濫、食生活の洋風化等への反省による日本型食生活の見直し等を背景に、多様化した生活価値観のなかで、健康・安全の食生活志向等と相まって、自給運動が急速かつ広範囲に復活しつつある」


・・・と書いています。


このように、現在における自給運動は、過去の物の不足の時代の貧しさ、みじめさを側面に抱えての『自給自足』の自給ではないのです。


自給運動の本質は、単に『物の自給』にあるのではなく、物の自給をテコとして、恵まれた農村の自然・特性をいかし、『人間としての自立』『農家としての自立』『(むら)地域としての自立』を図っていくところにあります。


・・・従って、現象としては自給運動ですが、その本質は『多目的自立運動』であるとしています。


これも「現代の自給」の本質を鋭くとらえた、格段に優れた発想でしょう。


・・・それはともかく、このようにして、"自給の心"が各地の草の根に定着すれば、それは終局的には、マクロベースでの食料の国民的自給基盤の確立の思想的原点ともなるといえるでしょう。


まさに個々の農家の自給・自立なくして、一国農業の自給・自立はありえないのです。




農業研究家 久保雅文


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2011年01月01日

生活に活かす運動

これまで慣習を失ったら、むらも農業も一時は栄えることがあっても長続きせず次第に衰退し崩壊することになるでしょう。


この安住性、自給性、共同性を高め強化することは、むらと農業の自立再建にとって不可欠の条件です。


自給運動は、たんに食べ物を自給するだけではなく、水、火力、風力等多面的エネルギーまでも含めたムラの資源全体を見直し、生活に活かす運動です。


小さな自給運動からむらの特産が生まれ、働き場が出来るという例もあります。


共同でこうした運動をやることで、定住性を一層高めることもできます。


むらと農業が自給自立することで、はじめて都市や他産業、あるいは行財政への従属的な全面依存から脱却し、堂々とした共存のための主体的交流が出来るようになるのです。


・・・自給運動は、決して後向きの消極的運動ではないのです。


一時的に苦しいことがあってもオメカケ的生活から独立し、誇りをとり戻して自立するための運動なのです。


・・・と書かれています。







農業研究家 久保雅文

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2010年12月31日

今後の農協運動

このように広まり深まり展望の開けてきた農産物自給運動を、農協活動のなかにどのように位置づけ、生活・営農両面の活動にいかに組織化していくかは、今後の農協運動にとってはもちろん大切なことです。


そして、農協の運営にとってもきわめて重要な課題といわなければなりません。


すでに61年度以降の都道府県段階(農協中央会)での農協生活活動基本方針の策定過程では、北海道から沖縄に至る大部分の道府県において「自給運動の推進」が・・・


その年度計画や中長期計画の重点項目として、あるいはサブ項目としてとりあげられています。


そのとりあげ方は各道府県さまざまです。


そのなかでとくに島根県農協中央会の『農の明日を生きるための農協の生活活動』に記された自給に対する考え方は注目をひくので、以下に引用しておきます。


「〈地域性を生かした自給自立の考え〉


とことんまで兼業化し、農業を荒していても土地を手放し離農する農家はきわめて少ない。


これは農業には他産業にみられない安定感があるからである。


この安定感は農業のもつ安住性、自給性、共同性からくる。


先祖代々の土地に愛着をもち、生存に不可欠な最低限の衣食住・燃料等を自給する条件をもち、いざというときには扶け合って生活を守る慣習があるからである」。





農業研究家 久保雅文

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2010年12月30日

農村に生活する意義

入口をひとたび突き抜ければ、あとは困難ではありますが坦々とした道が開けてくるものです。


・・・事実、自給運動の参加率が高い農協では、きめ細かな地道な活動でそれを乗り超えています。


また兼業化率90%以上という、運動の原点・秋田県仁賀保町農協では


「若妻が農外で働くことで、かえって以前にもましていっそう土への愛着を深め、"農"のよさを見直し野菜づくりに勤んでいる」


・・・というくらいです。


そこまで自給運動が本ものとなるためには、おそらく参加する多くの人たちの「価値観の転換」(アンケート自由意見・鳥取)が不可欠なのであり、そして・・・


「自給運動は、手間暇のかかる運動です。


農外就労者が恒常的に増えているなかで、単に家計費の節減だけでは限界があります。


作る喜び、加工する喜び、贈る喜びのほかに『なぜ、自給しなければならないのか?』をもう一度考え直して農村に生活する意義を見直すまでは本ものとならないでしょう」(同上・栃木)


・・・といわねばならないでしょう。








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2010年12月29日

自給運動の行く手

自給運動の行く手には、先にもみたように、「婦人の農外就労の増加」と、「何でも買ってすませる」「手間がかかる」「手づくりの意欲の減退」といった・・・


一口でいえば現金第一主義のたえざる定着化といった難問、難題がつねに立ちふさがっています。


けれどもそれは、まさにこの運動の入口のところで提起され、ぶつかった問題のはずです。


主婦の農外就労が増加して、食生活までおろそかになり、わが家の農地は荒れ放題という状況を、問い直し見直そうということこそ運動の出発点ではなかったでしょうか。


何でも買ってすませるという傾向が、インスタント食品や加工食品や外食や孤食に身を委ねさせるようになり、食生活は荒廃し、家族の団簗は失われ、健康まで損ねるようになってきました。


・・・それを元に戻し、食生活をふたたび豊かにし、家族の団樂を復活させる・・・。


そのことこそ自給運動にとり組んだそもそもの動機ではなかったでしょうか。


手間がかかるといって放棄してしまった手づくり、食べものづくりを、新鮮で安全で旬の味をたたえた、真に豊かな食べものづくりを、もう一度とり戻そうということでこそ始まった運動ではなかったでしょうか。


そうした世界から脱却しようというのが、この運動の本質なのです。


それらの問題にたえずぶつからねばならないのはある意味で当然なことなのです。






農業研究家 久保雅文

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2010年12月28日

自立・自助の努力

話は思わず脇道へそれました。


しかし、ここでいいたかったのは、時代に先駆ける理想や運動というものは、いつの時代にも、"現実"に追従する学者たちや、世間一般の"常識"に浸った識者たちには、一見途方もないアナクロニズムとみえたり、ふる臭いものともみえたりするものだというまでのことです。


そして自給運動の思想をアナクロニズムとけなすものは、そしてかつての農本主義への回帰だと指弾するものは、これらのことをよく念頭においてものをいえといいたいのです。


さてふたたび自給運動自体にたち戻りましょう。


・・・考えてみれば、農家が自らの土でつくれる食べものを自分でつくらずに、他人から供給を受けて、自立とか協同とか連帯とかは本当にはありえないのではないでしょうか。


"他給"によらず自給するなかから、自立・協同・連帯は出てくるものでしょう。


その意味で農家にとって食べものの自給こそ、協同の原点的な意義をもつものといってよいでしょう。


もちろん、自給はこうして可能なかぎり"他給"を減少させるこころみであり、そのかぎりでは分業的他者依存と相容れない行き方です。


しかし、それは相助・連帯の確立の前提としての自立・自助の努力なのであり、自分のところだけよければよいという排他的発想でないこと、自明でしょう。







農業研究家 久保雅文

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2010年12月27日

貴重品扱いを受ける有機農産物

いまや、有機農産物、無農薬農産物といえば、どこの百貨店やスーパーでも貴重品扱いを受けています。


アメリカで有機農業法が議会を通ったといえば、雑誌や新聞が目の色変えてニュースを追いかけ回すありさまです。


・・・そしてまた農林水産省も、「自然農法総合開発普及協会」なる公益法人をつくるとともに、有機農業にかんする実態調査にのり出すといった状況となってきています。


かつて20年ほど前・・・


いえごく最近まで、有機農業を嘲笑したり指弾したりした覚えのある"学者"・・・


また、有機農業なぞ趣味としてやればよいなどとあげつらった"識者"たちや、そして陰に陽に有機農業の研究を圧迫したその筋のものたちは、顧みて己が身を恥ずるがいいでしょう。





農業研究家 久保雅文

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2010年12月26日

本質への新たなる回帰

フランス革命はルネッサンスに始まったではないですか。


明治維新は王制復古から始まったではないですか。


自給運動が回帰というならば、それは「有畜・複合・小農・自給」を真随としてきた日本農業への新たなる回帰です。


歴史を通底して営まれてきた日本農業の本質への新たなる回帰です。


それは農薬に汚染されつくされ、首まで化学肥料に漬かった規模拡大専作農業からの脱却、転換の第一歩です。


しかもそれはいまや1928組合、全農協の46%にまで広まるという、すぐれて現実に密着した思想であり、運動であるのです。


1928組合、全農協の46%といいましたが、ここまで広がってきたこの運動も、30年ほど前に秋田県仁賀保町農協でとり組み始められたときは、「なにをいまさら自給なんぞ」と嘲笑し指弾するものが大部分でした。


それはちょうど有機農業運動の今昔と相似ています。


昭和46年、有機農業が日本ではじめて運動として発足(日本有機農業研究会の設立)してから何年もの間、有機農業運動は世間から嘲笑され、多くの"学者"、"識者"から、


「いまさら農家に田んぼで四つん這いの草取りや過重労働を強い、戦前の農業へ復帰させようというのか」


・・・と激しい指弾を浴びせられてきたのでした。






農業研究家 久保雅文

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2010年12月25日

ひとつの革命

生産力主義に取つかれ、商品経済史観と近代主義とにどっぷり漬かった既成の学者や「識者」たちの、いわばパリサイ人たちの、目を開かせることは容易にはできないでしょう。


ただはっきりといえることは、自給運動の思想は、近代以前に回帰しようとする思想などではないということ。


すでに近・現代を通り抜けた発想であるということです。


歴史を元に戻すことなぞできないことは十二分に知り抜いた上で、近・現代を突き抜けようという思想です。


・・・それはちょうど螺旋状に回転しながら上昇していく物体が、平面状の位置では元に戻るようにみえながらより高位な次元に舞昇って行くようなものです。


その思想は形の上では復古、回帰に似ていても、本質においては根本的に異なるものです。


もともと革命というものは、つねに復古という形をとって行われるものなのです。





農業研究家 久保雅文

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2010年12月24日

自給運動の意義

昭和59年には、農協評論家として著名なある大学の教授が


「自給運動などサラリーマンの家庭菜園みたいなものをとり上げていったい農業構造問題はどうなるのか」


・・・と、もっぱら効率的規模拡大の立場からこれを批判しています。


また、同じく高名な農協評論家である某教授も、52年に農協生活指導員の体験発表の講評で、仁賀保町農協の自給運動の報告に対して全く無視し去ったりしているのです。


(もっともこの某教授は59年の体験発表の講評では、自給運動の報告が大半を占めるという状況をみて、自給の意義もしぶしぶ認めながら、同時に農業生産に関する報告が少ないと嘆く始末でした)。


・・・要するに彼らは生産と生活を切離し生産のみを優位に置くというあいも変わらぬ生産力主義の固定観念にとらわれているのです。


彼らにとっては、生産と生活とをくらしの場において統一していこうという自給運動の意義など全く不可解なのでしょう。




農業研究家 久保雅文

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2010年12月23日

農の世界のエコロジー運動

自給運動は、これまでいたずらな規模拡大競争に追いたてられ、ひたすら大規模化、専作生産を迫られ、その結果、農薬づけ・化学肥料づけの農業に追いやられるか・・・


はたまた恒常的な兼業化、全面的な農外就労へと追いやられるかしてきた農家が、立ち上がって考え、身の丈に合った、等身大の農の世界を、足元の小さな小さな点から復元していこうとする運動です。


農業・農外をとわず商品経済と市場にふり回され、身も心も打ちひしがれた農業を、清々しく洗い治してくれる運動なのです。


商品経済にむりやりおとしめとられてきた農家が、その真の生活を奪いかえすという、やむにやまれぬ必要そのものから出てきた、いわば農の世界のエコロジー運動です。


それゆえ自給運動は、生活のオルタナティヴ(もう一つの世界をとり戻す運動)であるとともに生産のオルタナティヴであるといえるでしょう。


ところでこのような運動に対しては、必ずや一方から非難が出てくるにちがいありません。


それは、自給運動なぞ、農業を昔に戻そうとする運動です。


高度成長前の、いや戦前の、あるいは明治・大正の、江戸時代の、いやいやひょっとすると弥生式時代の昔にまでも遡って、そこで営まれていた農業をロマン化し空想化し幻想を与えようとするものです。


つまり大変なアナクロニズムであり、復古的ロマンチシズムですね。


それはともすればかつての農本主義、すなわち天皇制に搦めとられていったあの農本主義の世界へと、歴史の歯車を逆転させようとするものだという非難です。


そしてこういう非難を浴びせかけるものは、既成の「学者」たちに数多いようです。







農業研究家 久保雅文



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2010年12月22日

農と食の世界

このような農産物自給運動の行く手に遙かに見えてきたものはなんでしょう。


切開かれてきた展望とはどういうものなのでしょう。


それこそ自給を本質として、多品種少量生産の農業がまさに百姓の農がいたるところで営まれ、消費者はその自給の余剰部分を分けてもらうというかたちで域産域消が貫徹していく世界です。


そこでは、"身土不二"の域産域消が理念とされ、贈与と物々交換、無数の青空市・朝市・夕市が開かれ、学校給食が地元の農畜産物で満たされ、消費者グループや生協との顔の見える提携が広く行われ・・・


そして"農"が地域社会のなかでしっかりと位置づけられ、文字どおり"地域社会農業"が息づいている世界です。


それはまた、ここ近々わずか2、30年の間に、かくも荒廃が進んでしまった農と食の世界を癒やし、わが手にとり戻してくれる世界です。






農業研究家 久保雅文

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2010年12月21日

自給運動がもたらしたもの

こうした自給運動は、食生活への関心や自給の意欲がいっそう高まるなかで、食べものの自給だけでなく、農家の生産・生活に関わるさまざまな自給運動に発展し展開しています。


さらに朝市・青空市がいたるところで開かれるとともに、学校給食への供給にもしだいに目が向けられ、消費者との提携も発展してきています。


そして自給運動のなかから有機農業へのとり組みや特産品づくりが生まれるなど、地場消費の拡大、地域自給の発展、地域農業振興・・・


さらには農業のあり方を根本的に見直し、問い直していく契機ともなっています。


そしてこれらの活動が人々や地域を活気づけコミーユニケーションの広がりにも役立っているのです。


加えて、自給運動が深まるにつれて人々の"自給の心"は次々と新たな発想や活動を生みだし、多様な活動が展開されています。


この運動はまた人々の創造性を刺激し、発掘する場ともなっています。


こうして自給運動はきわめて多面的な姿で展開され、"せめて家で食べるものは自給しよう"という"食の自立"をめざしたとり組みが農家の生活・生産全般の、そして地域の自立への運動として発展しつつあるといえるでしょう。







農業研究家 久保雅文


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2010年12月20日

自給運動の現状

自給運動を進める上での今後の課題の一つに自給農産物の余剰の販売対策や付加価値づくりがあげられていました。


しかし、まずはともあれ学校給食に優先的に供給していくことがきわめて大切であるといわねばなりません。


そのようなとり組みがなされてこそ、自給運動はいっそうの深さと広がりとをもつものとなるのではないでしょうか。


・・・以上が農協の農産物自給運動の現状です。


自給運動は、直接的には目に見える形での経済的効果や健康を求めて始められたものでした。


運動が広がり深まるにつれて、なによりも主婦たちの間に、新鮮で安全な食べものづくり、野菜づくり、手づくりの"喜び"を生まれさせ、"農の心"、"土の心"をとり戻させたのです。


そして高齢者や子どもらにも出番をつくり、ともすれば失われがちな家族の団樂を回復させ、その絆を強める結果をももたらしました。


それとともに、自給運動を進めるためのさまざまな活動を通して、近隣同士、婦人部の仲間同士の助け合い、協同の心を大きく発展させたのです。







農業研究家 久保雅文

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2010年12月19日

学校給食への今後のとり組み方 2

現在、学校給食のあり方についてはその間題点が数多く指摘されています。


問題点の多くは、給食用食材供給のあり方と深く関連しています。


その広域流通体制への依存度の高まりが、新鮮で安全な食材の確保を困難にし、給食の「センター方式」による効率化と相まって、献立の組合わせ、味、品質は、二の次、三の次とされてきています。


・・・加えていまや、臨調行革によるセンター化のいっそうの推進と給食民営化への要請は、学校給食を大きな危機に陥れようとしつつあるのです。


地域の食文化を見直し、「健康をめざし風土にあった食生活」を築いていく上で、何よりも大切なのは地域に根づいた食習慣を形成していくことです。


その原点ともいうべき位置におかれているのが学校給食なのです。


学校給食の仕組みのなかに、農協による地域農産物の直接供給方式を組み込み、地域と一体となって子どもたちの健全な食生活を育んでいくことこそ、地域に根ざした食生活づくりの出発点となるのではないでしょうか。







農業研究家 久保雅文

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2010年12月18日

学校給食への今後のとり組み方

「もっと積極的に進めたい」農協での今後の対策としては、供給品目の拡大や通年供給による供給量の増大を第一に考えているところが多いです。


そのなかには「消費拡大」を唯一のねらいとしているところも少なくないといった案配です。


・・・と同時に他方で、「新鮮、安全で働きかける」などの品質向上へのとり組みや、「ふるさとの味の日設定」「農家と学校給食をもっと結びつけたい」。


「供給のみでなく、野菜畑の圃場を貸付け、野菜の作り方を指導し、収穫と自然とへのふれ合いを作る」などというように、積極的、前進的に学校給食とかかわっていこうとする農協もみられる点が注目されるのです。


地域に根ざした食生活づくりのために・・・



・・・以上みたとおり、学校給食への農協の対応は、農産物自給運動にとり組んでいる農協においてさえ、まだまともにとり組んでいるところが少ないばかりか、すでに学校給食にとり組んでいる農協でもその多くは部分的なとり組みにとどまっているのが実態です。


教育の場で、しかもくり返し長年月にわたって行われる学校給食は、子どもの食習慣形成に多大な影響を与えるものです。


事実、与えてきたのです。






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2010年12月17日

当面している問題点

○規格品を出す割には価格が安いと不満をもらす生産者と、あまりよい規格でないのに価格が高いという給食センターとのくい違い(秋田)。


○学校給食は予算があるため、それなりの品質の農産物を提供したいが、子供が食べるとなるとやや高めであっても供給することになる(山形)。


・数量の問題


○ばれいしょ以外の野菜は一回の使用量が僅少である(秋田)。


○必要品目(注文品)は多いが、単位が少ない(岩手)。


○一回の供給量が少なすぎる(京都)。


・その他


○地元米を供給できない(京都)。


○地元商店と競合する点もあり、積極的に進めることはできかねる(鹿児島)。


・・・さて、現在学校給食に地元の農産物を供給している農協の、今後のとり組み方への意向はどうでしょうか。


「もっと積極的に進めたい」と考える農協が35%ありますが、同時に「現状維持程度」とする農協が54%と半数を超えているのです。






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2010年12月16日

供給している農産物への配慮

・安全性への配慮


○規格等はあまりきめていないが、安全性を重視して無農薬野菜を出荷させている(奈良)。


○自家菜園の延長でできるだけ農薬は使用しないように努める(兵庫)。


・品質への配慮


○出荷時期まで農家に貯蔵し、鮮度のよいもののみ供給(兵庫)。


○その日のセリものをその日のうちに消費できるようにしている(佐賀)。


・・・しかし、アンケートへの記入率などから推定すると、このような特別の配慮をしている農協は、まだそれほど多くはないようです。


学校給食への地元農産物の供給について、それぞれの農協に、当面しているなやみや問題点をききましたが、やはり品揃えの問題、価格の問題、数量の問題が多くあげられました。


主な事例は次のとおりです。


・品揃えの問題


○季節的・気候的に左右されるため、定量の供給がむずかしいのではないか(青森)。


○給食献立に適応した必要な時に必要な品物の生産・出荷がむずかしい(新潟)。


○出荷規格が限定され規格幅が小さいので対応が困難(兵庫)。


○調理のとき能率が上がるような揃った品物の供給がむずかしい(島根)。





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2010年12月15日

供給農産物の品目・頻度

「学校(栄養士・調理士・PTAを含めて)から働きかけがあったから」という動機がかなり多かったことは、先にふれた「検討したができなかった」理由のなかでは学校側の理由によるものは多くなかったことと考え合わせると・・・


学校給食への地域農産物の利用は、農協の対応如何によってもっともっと広がる可能性を示すものといえるでしょう。


学校給食に供給している品目は、野菜がもっとも多く(供給している農協のうち71%)、供給頻度は通年と季節的がほぼ半々です。


供給している野菜は28種類ほどあげられていますが、多かったのは、じゃがいも、きゃべつ、にんじん、たまねぎ、はくさい、ねぎです。


供給品目として二番目に多かったのは果実で(42%)、とくにみかん、りんご、いちごが多いでsy。


その他は、取扱う農協もずっと少なくなりますが、卵・肉・米・牛乳・豆腐・お茶などです。


学校給食に供給している農産物について、なにか特別な配慮をしているかどうかについてききましたが、つぎのような回答(自由記入)が寄せられました。


・出荷方法への配慮


○規格をそろえるようにしている(秋田)。


○給食センターよりの注文の規格または選別については特に注意を払って納入している(滋賀)。




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2010年12月14日

供給の動機

供給をはじめた動機は、「地域農産物の消費拡大につながるから」が66%ともっとも多くなっています。


これについで「子どもたちに新鮮で安全な食材を供給できるから」が50%、「地域農業の発展に役立つから」が33%、このほか「学校(栄養士・調理士・PTAを含めて)から働きかけがあったから」が34%。


全体のなかでは三番目に多い動機として挙げられている点が注目されます。


このうち「地域農産物の消費拡大につながるから」という動機は、それなりにわかりますし、複数の回答項目があるため他の項目と合わせて答えられたものも多いです。


しかしこれまでにしばしば散見されたように(とくに米・牛乳・みかん等々)、それが過剰農畜産物の捌け口として学校給食に向けられたというのであっては困るのです。


どこまでも「風土に根ざした健康な食生活」を子どもたちに与えるため、という目的を第一義にしてほしいといわなければならないでしょう。




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2010年12月13日

学校給食への供給を阻む壁

「検討したができなかった」と答えた残り25%の組合にその理由をあげてもらいました。


すると、「品揃えができないから」が67%でもっとも多いのです。


地域の農産物の学校給食への供給を阻む壁はもっぱらここにあるようです。


しかし一つの農協で品揃えができなくとも、いくつかの農協が連合提携すれば可能なはずです。


それをしないで、簡単に引き下がるのはどうしてなのでしょうか。


これに次いで「数量が少ないから」31%、「値段が折合わないから」20%、「手間がかかるから」14%と続き、このような供給側のいわば我が儘で、引っ込み思案の理由が、受入れ側の「学校側が消極的で」という理由よりもはるかに強いという実情です。


「学校側と話し合うきっかけがない」という8%の理由も、実のところはおっくうさが先に立っただけのことではないでしょうか。


その気になれば、栄養士さんや調理士さんにでも、さらには教育委員会やPTAなどにもいくらも話しかける機会はあったはずです。


学校給食に地域の農産物を「供給している」農協135組合にその実態をきいてみたところ、おおよそつぎのとおりでした。




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2010年12月12日

自給運動と学校給食 2

なぜ学校給食への供給が進まないのでしょうか。


学校給食に地域の農産物を「供給していない」と答えた組合にその理由をきいてみました。



すると、悲しいかな、これまで全く「検討したことがない」農協が73%に上り、「検討したができなかった」は25%でした。


いくつかの農協が連合すれば供給しうる体制は十分とれるはずです。


また、することによって、供給品目もかなり多種類に上りうるはずです。


やはりそれだけの関心がなかったということになるでしょう。


地元のすぐ目の前に、自分らの子どもたちが毎日給食を受ける学校があるというのに、そしてそれはごく近い将来の地域農産物の需給全体にも弾ね返ってくるというのに・・・


これほどの無関心が支配していたとは信じられないくらいです。



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2010年12月11日

自給運動と学校給食

ここで、農産物自給運動と学校給食との関係を、とくにみておくことにしましょう。


・・・というのは、学校給食こそ、次代を担う子どもたちに地域に根づいた食習慣を形成せしめる原点なのであり、したがっていわば明日の自給運動の担い手たちを生みだす動力となるものだからです。


ごく近い将来の日本人の食生活の質的内容は学校給食によってつくり出されるといっても過言ではないでしょう。


学校給食への供給状況自給運動にとり組んでいる農協のうちのどれだけが、地区内農産物を学校給食に供給しているかをみると、その実態は以下のとおりです。


「供給している」農協は14%弱。


「現在供給していないが供給することを検討中」と答えたものが3%弱あるものの、これを合わせても、現在学校給食に地域の農産物を供給している農協やそれに関心を寄せている農協は、自給運動にとり組んでいる農協でさえもその16%余にすぎないことが示されています。


学校給食へのとり組みの必要は、まだ農協に十分認識されているとはいえないのです。


これでは、地元農産物を満載して遠く離れた市場へ向かうトラックと、学校給食に遠くからの農産物を満載したトラックとが、村のなかで毎日のように行き交うと指摘されるのも当然でしょう。



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2010年12月10日

自給運動の具体的推進方策

前の設問で、自給運動を今後「積極的に推進するつもりだ」と答えた農協に、具体的な推進方策をたずねたところ・・・


無数の回答が寄せられました。


その主なものを列挙しましょう。


一つひとつが、実践のなかから、そして巧みに考え出された方策といっていいでしょう。


これらを大まかに分類すると、次のようなものになります。


1.自給運動の内容を深める活動


2.自給運動の輪を広げる活動


3.加工施設


4.販売対策の強化と特産品づくり



5.自給農産物の記録・自給度


6.高齢者対策としての運動強化




・・・これらをみると、自給運動がいかに幅の広い、そして深みのある運動であるかがわかるでしょう。


自給運動は、その活動の進展に伴って次々と新たな課題を提起し、活動の幅を広げてきたか、今後いっそうその活動内容は多岐多彩になっていくものと考えられます。


こうした活動を通して農家生活や地域が見直され、忘れられていたものが一つひとつ掘り起こされ、真にゆたかな生活創造への運動となっていくでしょう。




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2010年12月09日

自給運動の今後の推進方針

問題点の一つに挙げた「自給運動への農協の指導・助成が十分でない」・・・。


これには、17%余の農協(生活指導員)が答えています。


これは、先にもふれたように、自給運動は、生活指導員と営農指導貝が密接な連携を保ちつつ、農協全体でとり組み、農協の事業計画・活動計画のなかで明確に位置づけられていくことが大切なのです。


さて、この運動の今後の推進方針についての農協の考え方はどうでしょうか。


「積極的に推進するつもりだ」と答えた農協が42%。


「現状程度ですすめる」とするものが49%で、積極的推進派と現状維持派がほぼ半々です。


「やめたい」と答えた農協はまったくなかったのです。


今後、新たに加わってくる農協も末広がりに増えてくるでしょうから、全体として自給運動はよりいっそう活性化していくとみていいでしょう。





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2010年12月08日

意識の変化

「恒常的な農外就労がふえているため(時間がない)」としてきた農協が7割弱を占め最大の問題点となっています。


ついで「インスタント食品・加工食品など何でも買ってすませる傾向がつよい」(39%)。


「手間がかかる」(22%)、「手づくり意欲の減退」(26%)と続きます。


これらはいずれも簡便化した食生活への慣れが生んだものといえようが、同時にまた婦人の農外就労の増加に起因するところも少なくないのです。


そのいみで婦人の農外就労の増加がもたらした生活や意識の変化は、商品経済化の深まりと並んで大きいでしょう。


自給運動は、まず何よりもそうした婦人の生活や意識・・・


すなわち「時間がない」「忙しい」、「何でも買ってすませる」「手軽に買う」「手間がかかる」「手づくり意欲がない」「買った方が安くつくなどの現金第一主義」等の生活意識を問い直していくところからはじめられなければなりません。


そしてこの運動に携わったものたちが、「主婦に野菜づくり手づくりの喜びが生まれた」「新鮮で安全な食べものがたべられるようになった」「現金支出が減った」


・・・等々の成果を大きな喜びとして受けとめるような、生活感覚の変化・転換をもたらすものとならなければならないといえるでしょう。





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2010年12月07日

自覚的に進められる運動

これまで、自給運動の内側からする困難、やり方に伴う問題・・・


そして運動の外部にひろがる問題というように、自由意見の回答を整理しつつみてきました。


しかしこのような問題点をかかえながらも、運動の先進的な地域では、この「問題点」の問いに対して、このような回答を寄せるほど、自覚的に運動が進められつつあることを記しておきたいのです。


○自給する心、作るよろこび、地域に根ざした自給運動とは奥深く幅広く実にむずかしい(福岡)。


○比較的高齢者が野菜をつくり、若妻が料理をするという作業分担がなされ、家庭内でややもすると一貫性に欠ける所があり、これらの話し合いをすすめ、家族全体が趣旨を理解し自給を高める運動にもり立てる必要を感じる。


自給運動は農家の人でなくてはできないものであるので、家計簿から家計診断をし、我が家の数字をしっかりつかみ、農家らしいやりくりを考えていって欲しい。


そして農家として誇る自覚を持ち、自立した農民としての生き方を植えつける手段になってほしい(栃木)。





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2010年12月06日

運動の外側に広がる問題 2

○この運動は単に担当者や婦人部員だけでは行きづまると思います。農協は組合員塾目の一つとしてしっかりした考えで普及活動をしてもらいたいと思います(秋田)。


○部員5019名を指導するのに生活指導員が2名なので、とても時間が足りない。


季節の手作り加工の時は特に感じる。野菜の加工で本格的なものを習得する場がない(福岡)。


○集落単位の活動を進める場合指導体制が弱体、現在2000人の組合員に生活指導員1人である。


営農指導員8人に対し少なすぎる(鳥取)。


○道具も不揃であるので、職員個人宅を借りて行っている現状です。


小さくても加毒があればと思います(愛媛)。


・・・ところで、自給から始まった運動が、売るための野菜づくりに変わってきたという上記の意見は、それがどの程度、どんなふうに変わったのか、現場をみることができないので何ともいえません。


しかし、もっぱら専作的な商品生産に変質してしまったというのであれば、そしてそのために農薬や化学肥料や添加物もどんどん使うようになってきた、というのであれば、考え直さなくてはならないでしょう。


どこまでも自給を本質とし、その余ったものを消費者に分けるというのが自給運動の目指すところであり、それはまた農家による食料の生産自体がそういう考えで貫かれるようになってほしいと願うものであるからです。


自給運動から始まった野菜づくりがだんだん売るための野菜ぞりになり、当初の目的である新鮮な野菜を食卓へという趣旨が薄れてきたようにも思われます。


ただし現金収入を得ることは大切なことなのでこの二つを上手にかみ合わせていきたいものです。





農業研究家 久保雅文

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2010年12月05日

運動の外側に広がる問題

○50代、60代は真剣にとりくむが、若い年代は消極的である(大分)。


○特定の人のみの活動で、組織活動として輪が広がるのに時間がかかる(福井)。


○婦人部幹部のみの運動になっている傾向があり、末端組織への浸透が今一つ足りない(長崎)。


○農作業は老人に、農外就労は若夫婦……というパターンが多く、自給運動に参加できる人は高齢化していく(宮城)。


○講習会を開催しても昼間家にいる人が少ないので集まりが悪く、農家でありながら野菜を買って食べている現状です(宮城)。


・・・農協の指導・助成が十分でない農協を運動の外側にいるものとはじめから決めてしまうのは正しくないでしょう。


しかし、上記にみるように、運動を生活指導員や婦人部委せにしたきりであったり、助成や理解のない農協も少なからずみられるのが実情です。


多くの農協が、自給運動を農協自体の運動としてしっかりと位置づけ、指導・助成も十分行うとともに、専任部署の体制づくりをしてほしいものです。


○自給運動は生活指導員まかせである(秋田)。


○営農技術指導との関連で販売野菜の方がやはり重視されるので、上部の理解を得がたい(岩手)。


○営農との密な連携ができず、充分な指導ができない(岩手)。


○上司が販売高の数字を営農指導活動の実績とみるため、販売高の上がらない自給運動には理解がない(広島)。


○専任生活部署の確立(長野)。


○農協全体でとりくめるようもってゆきたいが、現実的には担当者のみに終始して成果が上がらない(栃木)。


○営農指導とのかね合いが仲々うまくいかず、販売にむけた講習会は割と開きやすいが、婦人部なり生活班の独自の自給に関する会議は、営農指導員の対応がむずかしく趣旨が徹底しない(長崎)。






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2010年12月04日

運動のやり方に伴う問題 5

○加工に向く物ばかりとは限らず、残ったものの処分がむずかしい。


販売するつもりでいても値が安いとそのままになってしまう(島根)。


○青空市の販売品の品目及び数量の調整は定例的に開催日の前々日に話し合って決めていますが、季節的に作物が集中してしまうので、今後作物体系を考えていかなくてはならない(愛知)。


○菜園は大部分の組合員家庭で作ってはいても、それを金銭化する人が数少ないので、何とか一人でも多くの人が金銭化することに参加できる方法を考えたい(福井)。


・・・自家用野菜が十分利・活用されていないまた余る前に農家自体で十分利活用されることが肝心です。


その点はこれまた生活指導員の活躍が大きく期待される場面です。


○野菜栽培はしてみても、調理技術の未熟さや家族の嗜好の違い等から完全利用ができていない(愛知)。


○せっかく作った野菜が食卓で十分生かされていない。調理・加工技術不足と家族の偏食による野菜ぎらい(岩手)。



・・・参加者が広がらない自給運動への参加は、ともすれば婦人部のリーダー層や中高年齢者層に偏りがちです。


若い年代層や農外就労に出ている主婦たちをいかに参加させるか・・・。


先進地域ではそれらも積極的に参加して運動が進んでいるのですから、これまた生活指導員の力量が測られる場といってよいでしょう。





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2010年12月03日

運動のやり方に伴う問題 4

余ったときの処分(販売)がむずかしい自給野菜が余ったときは、先にもみたように「親せき・知人への贈答」に当てる場合が多いです。


それ以外は「朝市・青空市で販売」したり、「市場に出したり、農協のマーケットで販売」したり、「『ふるさと特急便』などとして都会の人たちに送ったり」「学校給食に供給」したり、「消費者グループや生協と提携して供給」したりしているわけです。


この「余ったときの処分がむずかしい」という意見がかなり多かったですね。


自給運動を進める場合、農協が、どんなに多品種少量でも、農薬づけで専作大量生産されたものよりはるかに新鮮で安全な旬のものであり、生産された場所も人もわかるものとして、積極的に販路を切り開いて行くべきでしょう。


実態調査に訪れたいくつかの農協では、こうした自給野菜の余りを、ほとんど毎日のように1sから引きとっていました。


その場合、まず地元に、そして学校給食に、また青空市や朝市に、それから消費者グループや生協に、そして市場や遠隔地に・・・


というふうに、まず地域自給を優先して考えていくべきでしょう。


また加工-付加価値づくりにも当然進出すべきです。


つまり地域生産物を加工して完成品までつくっていくのです。


それによって労働市場も生みだす。すなわち農産物生産を中心に地域のなかに労働市場を小刻みにつくっていきます。


そうすることによって地域の活性化もはかれるのです。


○個々の作柄が不ぞろいであるので、余ったときの販売に困ること(長野)。


○余剰野菜の処理について、青空市(夏と秋は定着し好評)を実施しており、回数を増加したいが、経理が大変(岩手)。





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2010年12月02日

運動のやり方に伴う問題 3

家計簿記帳が進まない自給の効果は、家計簿記帳によってはっきりと出てくるはずです。


しかし、その家計簿への記帳(自給物を換算した)がなかなか困難です。


そのため先のように「効果がつかみにくい」という結果も出てくるのですが、ここは例えば、公表することを前提として、代表農家なりモデル農家なりに記帳を依頼することからはじめる、といった方法をとってもよいでしょう。


○自給運動は家計簿記帳を通して農家のくらしの見直しをすることだと考えております。


家計簿記帳をまずしてもらうことからはじめなくてはならないのですが、家計簿を記帳してもらうことのむずかしさがあります。


家計簿記帳から上の段階へいくことは、まだまだ無理なことだと思っております(島根)。


○自家生産物の記帳指導等大変めんどうであり、正確な数字を出すのに苦労する(新潟)。


○記帳を進め、家計への貢献度と食生活のバランス(摂取)をみたいと思うが、全体的に記帳をする人が減ってきている(めんどうな事はいやだという気持の人が多い)(岩手)。


○自家生産物の記帳をしている人が少ないので、自給の大切さがわかっていない(兵庫)。


○野菜の現金換算を行なっているが、毎日の記帳などがめんどうで根気よく続けている人が少なく、グループ活動としてとりくみしているものの人集めに苦労している(鳥取)。






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2010年12月01日

運動のやり方に伴う問題 2

○勤めている主婦(若妻)に対する趣旨の徹底がむずかしい(宮城)。


○自給の価値観がまだまだ理解されていない(岡山)。


○自給作物の栽培には手間がかかり、市場では豊富な商品が簡単に入手できるため、自給を理解させるのに時間がかかる(北海道)。


○それとなくお金で物をきめてしまいやすく、お金に換算されない自給の本当のよさが根本的には理解されにくい(働いたお金で買った方が安いし、便利だと思う方が多い)(秋田)。


・・・自給運動は、いわば一つの精神運動という側面をもっています。


もちろんそれと同時に、物的にもプラスになることが目指されてはいますが、それよりも自給運動に参加することによって生活がどう変わったか、あるいは生活をどう変ええたかの意義の方がはるかに大きいのです。


そしてその変わり方は、必ずしも物的な尺度では測りえないものです。


50万円自給運動というとき、たしかに50万円分の自給が目指されているのではありますが、現実に50万円が自給されたか否かよりも、それによって生活がどう変わったか・・・


トータルとしての自己や家族の生活をどこまで変えることができたかの方がはるかに大切なのです。


そのいみで「効果がつかみにくい」というのは、やはりあるいみで当然といえるでしょう。


代表的意見は下記のとおりです。


○現婦人部員の年齢層では昔から野菜づくりにとりくんでいるためもあって、一部の熱心な婦人を除いては、それが家計と結びつかない(栃木)。


○運動に参加しても、すぐ金額とか数字に効果が出てくるものでもないので広がりに時間がかかる(山形)。


○家計費の中で自家生産物を数字に表わすのは根気がいるため、婦人がとっつきにくいようである。


それらを地域の中で活用する一つのモデルとするにもかなりのPR活動等が必要となるため、地道な活動では結果がでず、とっつきづらい(指導員としても)ように感じている(栃木)。




農業研究家 久保雅文
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2010年11月30日

運動のやり方に伴う問題

○世代交替で農家であっても農業をしない嫁さんが増え、野菜は買うものと思う人が多くなってきている(福島)。


○集団転作が多くなったため、自家用畑を確保しようという気持が薄れている(富山)。


○農業の機械化によって、農村の若い主婦には農業とのかかわり合いが少なくなってきている。


若い人にも家庭菜園づくり等をすすめながら土とのふれ合いをすすめているが、農外就労による時間的余裕のなさ、農業そのものに対する関心のなさが手伝ってなかなかすすめにくい(福井)。


・・・一方、専業的農家の方もまた、専作化した自己の生産物の生産・販売に必死で、自給なぞできないという隆路に追い込まれていくのです。


ここでもまた商品経済にとらえられて、溺れていく農家の姿をみることができます。


○市場向け出荷で手がいっぱいのため、自給用のものは品数が多く作りにくいので、足りない品はマーケットにたよりがちになる(徳島)。


○施設園芸者が専作化のため自給野菜作付が少ない(福岡)。


○そ菜地帯で農繁期が集中しており、ちょうど自家用の野菜を栽培する時期と重なり、忙しさゆえか興味がもたれない。高齢者にもっと栽培してもらえたらと思う(長野)。


・・・つぎに運動のやり方に伴う問題です。


これは何といってもまず、その「意義が理解されにくい」ということをあげなければなりません。


自給運動は、はじめて聞いたときには、だれしもが「いまさら自給なんて」と思うのが当然の運動なのです。


この運動に身を入れて参加できるようになるには、これも自由意見のなかの一つにあったところですが、いわば一種の「価値観の転換」が必要なのです。


そのため、運動の意義がなかなか理解されにくいのは当りまえといっていいでしょう。


そこをどう切り開いて行くかが、あるいみでは農協の生活指導員の腕のみせどころともいえます。






農業研究家 久保雅文

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2010年11月29日

運動の内側からする困難 2

○兼業化が進み、家事を担当する主婦は自由に自分のほしいものが手に入る時代なので、季節に関係なく出ま
わっている土のついていない野菜を買うことへの抵抗がないようです(岩手)。


・・・手間がかかる同時にまたその商品経済・・・


他給への依存傾向は、手間ひまのかかる自給なぞしてはいられない、といった気にもさせます。


これは当然、「農外就労が増えてそれだけの時間がない」ということも含んでいます。


○本音と建前がはっきりして、良さはわかるが手間がかかるのでなかなか普及しにくい事業である(福井)。


○ニワトリはとってもよいのでもっと普及したいが、無家畜農家が多くなってきているため慣習で生きものを飼うのがおっくうになっている(岩手)。


○若い方達がほとんど勤めにでている現在、畑から取ってくるのがめんどうで、買ってきてしまうこともあるが、帰りがおそいとやむを得ないような気がする(栃木)。


・・・買った方が安くつく。


・・・そしてそうした商品経済への過度の依存傾向は、時折りの農産物価格の下落などに出合うと、「買った方が安くつく」という意識にさせてしまうのです。


○自家菜園づくりの意義は周知しているが、手入れの時間が少なく産物の暴落等からスーパー等での購入が通常化する場合が多い(福岡)。


○野菜価格の暴落に伴い自給野菜づくりの意欲を欠くことがある(福岡)。


○作って経費だおれになるよりも買った方が安上りと考えている人が、特に若い層に多い(秋田)。


・・・手づくり意欲の減退。


またそれはやがて、自らの食べものを、それが可能なのにもかかわらず自らの土の上で手づくりする意欲をも失わせてしまいます。


○今さら手づくりなんか・・・とめんどうくささが先に立つ人が多く難しい(若妻さんがふり向いてくれない)(島根)。


○自給運動をすすめる上でのメリットとして考えられる、新鮮で安全な野菜類の自給に対しては不充分とはいえとりくみがされているが、手間がかかる、買った方がむしろ安くあがる等の理由による自給意欲の減退が現状の問題点と思われる(北海道)。


・・・そしてこうした傾向の根底には、農業ばなれ、土ばなれのとめどない進行という現実が横たわっています。





農業研究家 久保雅文

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2010年11月28日

運動の内側からする困難

○最近は兼業農家が増え、パートに出る主婦もふえてきました。


お金を出せば何でも買えるということもあり、家庭菜園を作る時間がない。


スーパーへ行けば時期を問わず何でも手に入る、ということで、特に今の若い主婦には手間のかかる自給運動はむずかしい問題です(和歌山)。


○主婦の生活時間(農外就労のため)が減ってきている現在、最も小Fみに手をかけたい菜園に手が回らないのがなかなか普及できない原因だと思うが、こういう軽作業でも労働(農業)の好き嫌いが大きく左右されているように思う(岩手)。


○自給運動の良さは理解してもらえても実践段階となると、ひまがないことから消えてしまう傾向にあり、勤めに行かず家にいる主婦の間で実践できる程度で終ろうとしている(福井)。

○農業外就労が増えて主婦が家にいる人が少なくなった。いかにしてそのような主婦に自給運動をすすめていったらよいか悩みが大きい(長野)。


○農業収入の伸び悩みによる農外収入の確保のため、農外就労者が増加している。


そのために自給作物栽培に積極的になれず、手っ取り早い現金収入を求める傾向が大きい(山形)。


○自給運動の必要性がわかりながらも内職労働に走る主婦、スーパーのパック中心の食事に抵抗がなくなっている実態なので町ぐるみですすめなければならない。すすめるべき運動です(京都)。


何でも買ってすませる傾向が強いつぎに目立つのは「何でも手軽に買うことができ、そして何でも買ってすませる傾向が強い」ということです。


・・・いいかえれば、商品経済の波のなかに主婦たちが安易に溺れてしまいがちだということでしょう。


その代表的意見は下記のとおりです。


○農外就労に疲れ手間のかかる野菜づくりや手料理のよさをわすれがちで、何でも現金さえあれば手に入るという考え方をもった人がまだまだ多くいる(香川)。


○「買った方が楽だし早い」の意識が主婦に強くある(長野)。


○今の若い主婦は手をよごすことがきらいなので、畑があってもスーパー等で買ってくるくせがついている。


○洗わなくてもすぐ食べられるから(滋賀)。


○老人が野菜を作っても現金収入のある若妻は店から購入してくる(秋田)。


○Aコープ店で手軽に何でも買うことができるので、手間をかけて品質の良くない作物の生産にあきがきている(福島)。




農業研究家 久保雅文
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2010年11月27日

農産物自給運動の課題

これまでみてきたように、これまで農産物自給運動は、大きな広がりと深さとをもって進んできました。


しかしその行く手には、自給運動の内側からも、そのやり方においても、また自給運動の外側からも、さまざまの困難な問題が迫っていることも事実です。


ここでは自給運動がどのような問題をかかえているかを明らかにし、またそれらの困難を乗り超えてどのように進もうとしているかを探りつつ、自給運動の今後の展望を確かめる橋渡しとしましょう。


アンケートにおいて「自給運動をすすめる上でのなやみ・問題点」を自由に記入してもらったところ、実に影しい回答が寄せられています。


それらを大きく分けると、運動の内側からする困難と、運動のやり方に伴う問題、さらに運動の外側にある問題とに大きく分けることができます。


婦人の曲辰外就労の増加そのアンケートのなかでもっとも多かったのが、「主婦の農外就労が増えたため自給農業をする時間がない」とするものでした。


代表的な自由記入の意見を掲げれば、つぎのとおりです。


○主婦を主体に活動しているが、農外就労の主婦が多く、会合を開いても参加者が少ない(リーダーが人集めに苦労している)(鳥取)。


○兼業農家が多くなって対象者が減少している(千葉)。


○推進しても兼業農家、高齢者が多く、なかなかとりくんでくれない(香川)。





農業研究家 久保雅文
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